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 Interview
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   サッカー文化の確立をめざして

 〜大分から世界へ・吉武 博文に聞く〜 〔15〕

 前回に引き続き、月刊誌「ミックス」に連載された〜吉武コーチのサッカーを楽しむ基礎講座」を連載致します。
転載に際しての、月刊誌「ミックス」編集部のご協力に深く感謝致します。


Jリーグ100年構想

今回はJリーク100年構想について説明します。
この構想を理解できれば、Jリーグが進めようとしている、
サッカーにとどまらない総合的なスポーツ文化の発展がより分かると思います。


100年構想って何?

,△覆燭猟に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設をつくること

▲汽奪ーに限らず、あなたがやりたい競技を楽しめるスポーツクラブをつくること
  
「観る」「する」「参加する」。スポーツを通して世代を越えた触れあいの輪を広げること−となっています。

 

なぜ、そんな構想を考えたの?

 日本サッカーの父といわれている人がいます。
ドイツ人のデッドマール・クラマー氏です。
コーチとして日本代表チームを育て、東京五輪ベスト8、メキシコ五輪3位の好成績を残しました。

 日本サッカー協会がクラマー氏に就任を要請したのは1964年、今から40年以上も前の話です。
日本代表チームを強化しょうと、西ドイツ (当時)で強化合宿をしました。

 合宿をした施設の一つデュイスブルグでは、芝生のグラウンドが8面、アリーナ(観客席を備えた競技場) が3棟、
研修施設、宿泊施設などがありました。

 そこでは地元の子どもたちだけでなく、車いすに乗った人たちもスポーツを楽しんでいました。

 当時、日本代表選手だった川渕三郎氏(現・日本サッカー協会キャプテン)は「日本では代表クラスの選手でさえ、
練習場の確保に四苦八苦し、土の上で練習している。

 西ドイツでは子どもたちが、緑の芝生の上で気軽にスポーツを楽しんでいる」とカルチャーショックを
受けたと聞いています。

 スポーツ環境の大きな差に、これでは日本サッカーは強くならないと痛感。
サッカー競技の環境を整えるためにプロ化を決意しました。

 川渕氏は単にプロリーグをつくり、「勝った」「負けた」だけで一喜一憂するのではなく、
日本全体のスポーツ施設を充実させることが重要と考えました。

 そのためには、プロのクラブチームが中心となって、
子どもたちからお年寄りまでのスポーツ文化が地域に根付く環境づくりを広げたいと考えたわけです。

 
なぜ芝のグラウンドが必要なの?

 Jリーグ発足柑年で変わった?

 緑色の植物は人間の生活には無くてはならないもの。
緑の芝生の上に立つと、顔は自然とほほ笑み、気持ちは明るく
なり、体を動かして汗をかきたくなります。

 子どもが素足で芝の上を駆け回ったり、寝転んで日光浴をすることは、活力の源になります。

 芝生の上での運動は、固い土と違ってけがは少ないし、サッカーだとボールをコントロールしやすく、
技術の向上にもなります。

 余談ですが、以前イングランドで、「あなたの国では、どこでも芝生でサッカーできるのはすごいですね」と
話したら、「君たちはボウリングを砂利の上でするのか? 

 サッカーは芝生の上でするものだよ」と当たり前のように返答されました。

 
 
Jリーグ発足10年で変わったこと?

 日本各地にJリーグのチーム、Jリーグを目指すチームができ、芝生のグラウンドや広場をよく目にするようになりました。

 100年構想のお手本はドイツのスポーツクラブです。
日本のどんな小さな町にも公民館があるように、ドイツには小さな町ごとにスポーツクラブが
あります。

 そこでは子どもからお年寄りまでのみんなが、サッカーをはじめ、いろんなスポーツを楽しんでいます。

 たまたま今年9月、わたしは、U−16 (16歳以下) 日本代表の監督として北ドイツに親善試合のため遠征をしました。

 トレーニングは、滞在したアウリッヒ市という人口約3万人の町の外れにある小さいクラブを借りました。
そこには、芝のピッチが2面、シャワー付きのロッカールームが2つ、そしてパブのあるクラブハウスがありました。

 町の中心にあるクラブには、観客席のある芝のピッチ1面、サブピッチ2面、人工芝1面、フットサルのコートが1面、
そしてクラブハウスに体育館という環境でした。

 試合は人口5万人程度の町にあるクラブのピッチで行いました。
観客席の あるトラック付きピッチ、サブピッチ3面。
フットサル用コート、テニスコート、更衣室ヤシャワールーム、会議室などを備えていました。

 人口10万人規模のクラブでは、IPルーム (ガラス張りの観客席) と全席屋根付きスタンドのあるサッカー専用ピッチ、
サブピッチ2面、テニスコート、遊園地までありました。

 あらためて、ドイツのスポーツ環境の充実ぶりを再認識しました。

 100年構想の実現に向け、Jリーグがスタートして90年後には、各クラブが主体となり、
スポーツ施設が完備されるよう期待しています。
ワールドカップが日本で、そしてここ大分で開催される夢が実現したように、あきらめずに期待しましょう。

 来年ワールドカップが開催されるドイツのスポーツ環境に負けないように、絶対にできると信じています。
それがJリーグ発足の目的でもあるのですから。
 

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